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鳩山新政権は「反小泉改革」ではなくて「超小泉改革」

民主党の政策に関して、かなりの人がバラマキだっていうけれど、そうでもないと思う。

あのマニフェストは、内容を詳細に見ると非常に自由主義的な内容で、小泉改革の推進(あるいは補完)のように見える。あれをじっくり見ると、小沢一郎って言う人は、「日本改造計画」のころから、大きくは変わっていないんだなと思う。
あれは、社会民主主義的バラマキに見せかけた、実質的な自由社会主義的改革政策のセットだと思う。

小泉元総理は、理念としては明快な自由主義を掲げていたんだけれども、実際には、かなりムラのある政策を実行したと思う。彼の在任期間中に、「改革」がほとんど進まなかった分野と、比較的スムーズに進んだ分野が混在している。

たぶん、あのムラは意図的だったんだとおもう。

発足当時、党内基盤が強いとはいえなかった小泉元総理は、「痛みを伴う改革」をすべての業界に対して求めるわけには行かなかった。
その結果、彼の政敵であった平成研を中心とした「抵抗勢力」の地盤を切り崩すような「改革」は、優先的にスケジュールされたが、その一方、彼を支持する連中の既得権益を危険にさらすような「改革」は、後回しとなった。
たぶん、そうしなかったならば、小泉改革は「二正面作戦」を余儀なくされ、より大きな抵抗を受けることとなっただろう。ひょっとすると政権は短期間で崩壊していたかもしれない。

たぶん、二正面作戦を避けるためにも官僚機構を味方に付けておく必要があったのだろうと思う。使い道を官僚が決められるような、利権にかかわる予算は、ほとんど減額していない。
多分、このことと、「政府の無駄を省く」という理念のつじつまを合わせるために、小泉政権は、使い道を官僚が決められないような予算、つまり、社会保障などの所得再配分に関連する予算を中心に削減することになった。

今回の民主党の政策は、建前としては、小泉改革の是正、行き過ぎを正すこと、を目標にしているように見える。2009年現在、小泉改革の評判は決してよくないし、民主党の郵政民営化反対くらいしか政策らしい政策のない政党とすら連立を組まなくてはならない立場を考えれば、当然のことではある。
ただ、あのマニフェストの内実は、どう読んでも、小泉改革の「行き過ぎ」を正すことではなくて、小泉改革の不徹底だった部分をよりラジカルに改革すること、ではないか。

大体、内容の多くが、かつて清和会が掲げていたものに酷似しているような気がするのは、僕だけだろうか?

懸念されている、あの16兆円の「財源」についても、案外うまくいくのではないかと思う。
たぶん、今はまだいえないだろうけれども、今回の選挙で自民党を支持した連中や、鳩山改革に反対する連中の利権を削減するつもりなのだろうとおもう。つまりは「報復予算」。
そういうやりかたは、ある種の「正義」に反するかもしれないが、自分の生活がよくなるのであれば、一部の人の利権が削減されても、だれも気にしないのではないだろうか。

「無駄を省いて財源を確保する」というのは、たぶん、単なるスローガンに過ぎない。そもそも、国家予算の中で、無駄な部分をきちんと識別するというのは、それだけで大変な労力を要する仕事だし、それ自体にかかる予算を考えたらほとんど不可能であろう。

だとすると、たぶん、小沢も鳩山も変節していない。
この国で自由主義的改革を訴えることは、大きな抵抗にあう。
あのマニフェストは、その抵抗を排除するための一種の詐術なのだろうと思う。
ちょうど、アウグストゥスの帝政の導入が、「共和制の復活」を偽装して行われたように、民主党のバラマキは、リバタリアニズムが、バラマキを偽装してやってきたのだろうと思う。

あの民主党のマニフェストは、マキャベリ的な読み方をするべき文書だと思う。

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