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日本の政治における友愛ということば

次期総理になることがほぼ決まった民主党鳩山代表。昨日、彼の言葉を聞きながら、「友愛」ということばの解釈について考え込んでいた。

いや、友愛=フラタニティという言葉の字義通りの意味は知っている。ぼくが考え込んでいたのはそういう事ではない。

たとえば、自民党の政治家が「ふるさと」という言葉を使ったら、たぶん、聞いている自分たちは、田舎への補助金を連想する。字義通りの「ふるさと」ということばは、自分が育った地域共同体そのものみたいな意味だけれども、そういう理解は、たぶん、この文脈ではマイナーだ。

同様に、たとえば、社共の政治家が「弱い者いじめはやめろ」というときには、たいてい、字義通りの意味ではなくて、若者から税金を取って、年寄りにバラまけという意味を含意している。

いわば、こういった言葉には「手垢」がついている。
おなじように手垢がついた言葉は、いくらでも挙げる事ができる。「共生社会」は、障害者と外国人にカネをよこせという意味で解釈されがちだし、「地域振興」ということばは、中小企業と自営業者にカネをよこせという意味で使われている事が多いとおもう。

政治というのが、「社会」あるいは「国家」という、巨大だけれど限られたリソースの分配の芸術である以上、政治のスローガンで使われる言葉は、その本質として意味としては「要するに誰それに金を送れ」という意味が含意されていて、そういう意味では、上で書いた「手垢」は、政治の言葉の本質なのだろうと思う。

たぶん、「手垢」のついていない「若い」ことばのほうが、聴衆を「感動」させやすい一方、「浮いた」印象を与えやすく、「意味が分かりにくい」と思われやすい。たぶん、政治上の「意味」というのは、「手垢」だから、この印象は当たり前のことを言い換えているにすぎない。

でも、どんなことばも、政治で広く使われていると、やがて、「手垢」がついて、「感動」させにくい「分かりやすい」ことばに向かって「老化」していく。

もし、鳩山政権が、将来の政治家や政治評論家たちによって言及され続けるような影響を残すならば、「友愛」という日本の政治では聞き慣れないことばも、たぶん、未来の政治家たちが言及することで、やがては手垢のついたことばになる。そのとき、「友愛」ということばは、どういう人にカネをあげろという意味になっているのだろう。鳩山政権発足は、おそらく、はじめて、選挙結果によって、与野党が入れ替わった戦後最初のケースである(片山政権や、細川政権、村山政権などは、どちらかというと選挙結果というよりも政局の産物だと思う)。であるならば、その発足自体が政治史上の大事件であり、したがって、そのキャッチコピーである「友愛」も、たぶん、なんらかの政治上のタームとして、つまり、「手垢」のついたことばとして定着する可能性が高い。
友愛の「手垢」は、どういうものになるんだろう。

そういう事を考えていた。

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