本日のブックマーク

医局っていったいなんだったのだろう?

(このエントリーは、別のブログで僕が投稿したエントリーを再録したものです。)

医局ってのは、要するに、少し前まであった、医師の人事システム。

それが何をしていたのかって話の前に、医師がどういう考えで職場を選ぶのかって話をするね。

医師が、勤務先を選ぶときには、一般に、技術、カネ、コネの3つくらいが、重要になる。

まず、技術。
医師は、結局のところ、技術屋だから、新しい技術、優れた技術を学べる職場に行きたがる。あたりまえ。だって、身につけた技術は、今後、自分の飯のタネになるのだからね。だから、新しい技術を学べる病院であれば、ほとんど給与を払わなくても医師は集まってくる。極端な話、大学病院とかには給料ゼロの無給医ってのが一定数いる。あと、アメリカあたりに留学するとかいうのも金にならないけれども技術になる典型的なコース。そこまで極端でなくても、先進的な医療をできる先輩医師がいる病院には、薄給でも、その医師の技術を学ぶ(盗む)ために他の医師が集まるのだ。

次に、カネ
技術や経験が学べない病院であれば、高い給与を提示することになる。よく、ネットとかで求人募集している極端に高い給与の病院は、そういう病院。

最後に、コネ
金にも技術にもならなくても、もと上司とか、先輩とかの命令で、どこかの病院にいくってのも、結構ある。いわゆる僻地医療ってのは、たいてい、これ。これについては、また後で。

さて、技術は教えるけど給与は安い病院に勤めるってのは、技術を学ぶために授業料を(給与の一部を天引きされる形で)払っているようなものだと思ってもいい。つまり、一種の学校みたいなものなのだ。だから、僕は、こういう病院のことを、「学校型病院」って呼んでいる。反対に、給与は高いけれども、技術を学ぶことはできない病院のことを、「札束型病院」と呼んでいる。

あたりまえのことだけれど、薄給の学校型病院にずっと勤務するのは、家族も養う身としてはつらいこと。だから、学校型病院にいる間は、別のアルバイトをしたり、貯金を取り崩したりしながら、糊膏をしのぐ。そんな生活は、あんまり長い間は続けられない。だから、一定の期間、学校型病院にいたら、そのあとは、札束型病院に異動することが多い。

反対に、札束型病院にいるときは、お金がたまる。で、お金がたまったら、また、学校型病院にいくわけだ。

一般に、求人をいっぱいかけている病院は、札束型病院。だって、儲かっているからこそ、人を増やすための求人をする余裕があるんだ。でも、学校型と札束型を行き来している普通の医師は、いつもそういう給料をもらっているわけじゃない。だから、生活は、そういう求人広告にあるような給与から想像されるより、つつましいものであることが多い。

さて、そういうわけで、医師のほうは、札束型と学校型を行き来したがる。つまり、今の職場に、長く在籍したくはない人が結構いるわけだ。一方、それを雇う病院側は、安定した経営のためには、一定数の医師を多すぎず、少なすぎず、常に確保しておかなくちゃいけない。

そうなると、病院は、医師を雇うときにも、今雇おうとする医師が退職した後にも、すぐに別の医師がきてくれると望ましい。医師の側も、当然、自分がやめたあと、すぐに別の職場に移れることが望ましい。

医局講座制、いわゆる医局ってのは、それを解決する手段として、おそらく、自然発生的に生まれた。
つまり、A病院に今勤務していて、2年後にB病院に移りたいって言う医者とか、Bに勤務していて5年後にAに移りたいって言う医者とかが、よくお互いに知っている医師同士、つまり、出身の大学講座ごとに集まって、そのマッチングをする。そういうシステムが、必要に迫られて生まれたわけだ。それが、医局。

たいていは、こういう希望はお互いに完全にマッチするわけじゃない。だから、それの仲裁役の人が必要。そういう、面倒な仲裁をする人は、その医局の関係者全員が、それなりに一目置いている人じゃないといけない。というわけで、通常は、その講座の教授が仲裁することになる。

こういう仲裁を任せられる人には、結果として非常な権力が伴うことがある。だから、かつては、本当に「白い巨塔」みたいな教授もいたらしい。僕自身はそういう人には会ったことはないのだけれど。

さて、カネも技術もない、札束型でも学校型でもない病院でも、地域の医療のために医師が必要というケースがある。地方大学の教授だと、その地方のいろんなつながりがあって、そういう僻地からの要望にも応えなくちゃいけない。そういうとき、教授は、仲裁にかこつけて、医局の医師に異動命令をするわけだ。

「君の行きたいA病院は、いま、空席がないんだ。3年後には、A病院に行けるように取り計らうから、その間、大変だろうけれど、X病院に行ってくれ。」
なんて話になる。これが、さっきいった、コネで医者を集める方法。

さて、こう書いてくると、取り立てて変なシステムじゃない。似たような非公式の人材紹介システムは、いろんな種類の業界にある。僕が知っている業界でだと、Web関連業界は、はっきりと、そうだ。課長島耕作のどこかで書いてあったが、レコード業界とか広告業界もそうみたいだ。

最近、シリコンバレーに行ったWeb関連の仕事をしている友人が言ってたのだが、「シリコンバレーには、医局がある」のだそうな。日本で僕が彼に話していた、医療業界の医局にすごくよく似たシステムが動いているのだそうな。

ひょっとすると、特殊な技術が必要な業界に共通のシステムだったのかもしれない。
特に、IT技術者や医師は、自分の仕事や技術を、技術の分からない連中に評価されることを好ましく思わない。だから、同業者同士で人事を動かすシステムは、特に必要とされるのだろうと思う。

この医局、たぶん、白い巨塔の影響でだろう。よく分からないけれど、悪い医者が悪巧みをしている場所っていう、偏った報道のされ方をされ続けた。そして、世論に押された厚生労働省が新研修制度をつくって医局を破壊した。

その結果、まず僻地の医療施設、ついで、先端的医療を行う施設での人材確保ができなくなってしまったのは、新聞報道などで知られているとおり。

いまさら、元に戻すわけにも行かないけれど、旧来の医局にかわる新しい動きがあるのも、先ほど書いたとおり。だから、僕は、そんなに悲観的でもない。

必要とされる社会システムは、それを必要とする人がいる限り、必ず、別の形で復活するに決まっているから。

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  • 医療情報技師の配置が機能評価に反映される事になった様子。 で、問題と思われるのは、実務で役にたったっていうような実績や経験のある医療情報技師ってのをあんまり見かけない事ですな。 医療情報技師っていう資格の保持者たちが、実務経験を積んで、現場から、必要性を認められるようになってから、それが、機能評価の対象になるなら、よかったのだけれど、新設の資格である医療情報技師が、何の役に立つのか、はっきり分かる前に機能評価の対象になってしまった。 これでは、新設のコメディカル資格によくある、新しい利権にしかならない。もとのアイデアが悪くなかっただけに残念。

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おい、ゆとり、コンテンツの値段の決まり方をおしえてやる - はてなポイント3万を使い切るまで死なない日記

大変勉強になった。 コンテンツ関連のいわゆるギョーカイの構造ってのは、外から見ていると、いろいろ不思議に思う事があって、よくわからない部分が多いんだけれど、この方向性ですこし経済学的に考えていくといろいろ分かるかもしれない。 ひとつ分からない事があって、コンテンツの開発にかけるコストを増やすほど、コンテンツ販売による利益の期待値が増えるということのようなんだけれど、その、増加速度は、徐々に増えていく(収穫逓増)のかな? それとも、徐々に減っていく(収穫逓減)のかな? もし、コストをかけるほど、より売れるものが作れて、しかも、販売量が加速度的に増えるのであれば、将来の市場の定常状態みたいなのは、圧倒的に巨大な資金をかけた巨大コンテンツがごく少数だけ存在する独占状態に行き着くことになる気がする。 反対に、もし、徐々に利益が減っていくならば(「ヒットが確実なくらいお金をかけたら、ヒットしても赤字」という表現があるけれども、それは、これを示唆しているように思える)、比較的小さなコンテンツが多数存在する市場に行き着くのだろう。

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