ブレスト

銀座でボンバーマン

東京ドームシティに、マジクエストっていうゲームが登場してしばらくたつのだけれど、ああいう、RPG風の世界に実際に入って遊ぶゲームっていうのは、スゴく憧れる。
そういえば、小学生のとき、学校の裏に山があって、その上に神社があったのだけれど、そこで、友達と一緒に神社を「お城」に、山の洞窟を「ダンジョン」に見立てて、「ドラクエごっこ」をやった記憶がある。
たしか、みんな、初代のドラゴンクエストをプレイした直後の話。

バーチャルな世界の中に実際に入ってプレイするようなゲームってのは、スゴく楽しい。

3Dグラフィックスをストレスなく描画できるエンジンや、大画面のテレビ、Wiiリモコンみたいな、剣を振ったり銃を撃ったりという、実際の動作に近い操作で操作できるコントローラができてきたりして家庭用ゲーム機の世界にも、そろそろ、そういうゲームが作りうるだけの道具立てがそろってきているのかもしれない。

でも、やるんなら、自宅の中でなくて、実際に町の中で走り回ってプレイするゲームがしたい。
GPSを使って、東京の町の中を移動しながらプレイする、「異世界」ってのは、できないものだろうか?

いくつか、面白そうな案
案Ⅰ:銀座でボンバーマン


  • 一種のサバイバルゲーム。ただし、使う武器は爆弾のみ。

  • ゲームは、GPS付き携帯電話のアプリケーションとして配布される。

  • プレーヤーは、アプリがインストールされたケータイ電話を持って、指定された町、たとえば銀座に集合。後で触れる「死亡イベント」のことを考えると、プレイフィールドは、にぎやかでオシャレな町である方がいいと思う。

  • プレーヤーたちは、2チームに分かれてプレイする。

  • プレーヤーは、携帯電話で「爆弾ボタン」を押すことで、自分がいまいる場所に爆弾を仕掛ける事ができる。

  • プレーヤーは、自分のケータイに地図を表示でき、地図上で、自分やその他のプレーヤーが仕掛けた爆弾の場所、他のプレーヤーの場所を見る事ができる

  • 「爆弾」は仕掛けられてから10分で爆発する。

  • 「爆弾」が爆発すると、周囲の500メートルの半径にいるプレーヤーは「死亡」する

  • 「死亡」したプレーヤーの携帯電話は、死亡にふさわしいハズカシいイベントを発生させる。たとえば、突然、大音量で、なにかハズカシい音楽や効果音を再生させるとか。本人のボイスで、いきなり携帯電話が「俺は今、○○したーい!」と叫ぶ、というのはどうだろう?

  • 相手プレーヤを「死亡」させた「爆弾」を仕掛けたプレーヤーは、何らかの「アイテム」を入手できる。

  • 「死亡」したプレーヤが「復活」できるかどうかは、今後の検討事項

  • 「爆弾」は、ゲーム開始時点では、同時に3つまでしか仕掛ける事ができない

  • 「アイテム」を入手すると、同時に仕掛けられる爆弾の数が増える、偽物の爆弾(地図上では、「爆弾」と同様に見えるが、爆発しても殺傷能力がない)を一つだけ仕掛ける事ができる、死亡した際に一度だけ復活できるなどの得点が与えられる。

  • プレイ時間は2時間。時間終了時により多くのプレーヤーが生き残っていた方が勝ち。
  • 用意するべきインフラは、爆弾の情報とアイテムの情報を管理するサーバーがあればいい。爆弾DBは、爆弾を仕掛けた場所、時間、仕掛けたプレーヤーIDが保存されていればいいだけだし、アイテムDBは、要するに各プレーヤーがどのアイテムを持っているかが分かればいいだけ。
    iPhoneでやるとしたら、GPSの精度が悪いことがネックか。

    これができるようなら、リアルワールドでプレイするゲームの世界が広がるんだけれどな。

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つれづれなるままに

一人ブレストの続き
携帯から
カテゴリの指定方法がまだよく分からない。
家に帰ったら調べよう

さて、とりあえず、今後ブレストで書きたいというか、考えておきたいことのリスト

・先日投稿した論文について
・主観医学のためのネットサービスについて
・ASP型電子カルテのインターフェイス、運用について
・ゲームと医療について、自称スタンフォードのアレ
・フィットネスRPGの話
・まだまとまってない話

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主観的医療

ブログを使った一人ブレスト、2回目
アイデアを出したり、まとめたりするために、ブログのオーサリングツールを使って書き出してみる。
ローカルのワープロソフトでやってもいいのだけれど、どのPCからでも自由に読んだり、追加を書けるので便利。
google docみたいなツールでも、同じことが出来るけれども、こっちのほうが軽快。

そういう意味では、ブレスト用のブログツールとして、マインドマップを書いたり、いろんな図表を書いたり、もっと簡単に出来るとうれしいのだけれど。
適切なツールが見つからない。

さて、本題。
主観的医療について。

最近、健診の結果を評価する仕事が多くて、やっぱり同じような仕事を抱えている同僚たちと話していて、いつも出てくる話題。
よくいわれることなんだけれど、健診っていうのは、経済的には見合わないんじゃないかというお話。
理由は、健診で、「病気」が見つかる場合には、ほぼ間違いなく、「自覚症状」がすでにあるから。例外は、最近流行の、いわゆる「メタボリック・シンドローム」なんだけれど、これにしたって、「自覚症状」は、すでにあるといってもいい。肥満を自覚してない肥満はほとんどいない。
であれば、健診なんて、自分で「症状」がある人だけに受けてもらえればいいんじゃないの?
というのが毎度の話題。

案外、自分の感覚っていうのは、体調を測定するためのセンサーとしてすぐれているのだと思う。

しばしば聞く話。
どこかが「痛い」とか「調子が悪い」なんて思って、病院にいって、でも、「検査した範囲では異常は見つかりませんでした。」なんていわれて帰宅して。
それから、しばらくたってから、やっぱり、どこか、悪いところが見つかって、病院にクレームを言いにくる患者がいる。

ありとあらゆる可能性を検査で網羅することなんてできないから、そんなこと言われたって仕方のない部分も覆いのだけれど、でも、こういう話は、「自覚症状」のスクリーニング能力の高さを示しているともいえると思う。たぶん、現時点で、一般病院レベルでできる、多くの検査よりも、「自覚症状」は、病態の敏感な評価指標だと思う。

政府からは、長くにわたってコストを削減することを求められ、いろんな検査も保険の制約上、できないことも多くなってきているのだけれど、案外、「自覚症状」を中心に駆動する症状ドリブンなやり方はうまくいくのではないかと思う。

そういうわけで、以下、箇条書き

  • もし、自覚症状を中心に治療法を決定していくならば、「診断」を行わず、それぞれの「症状」に対して、対応する「病名」と「治療法」が存在することになる。たとえば、「発熱していたら、解熱剤と抗生剤を必ず投与する」といった風に。これは、小さな診療所とか救急現場では、頻繁に行われているやり方。この方法を、現在のガイドラインに代わって公式採用するならば、ほぼすべての患者に「診断」がつくことになる。また、ほぼ、「誤診」がなくなることになる。
  • たしかBMJだったと思うのだけれど、漢方がどうして効くのか?っていう話について、面白い話が載っていた。どうも「診断」がつくことが治癒しやすくするのではないかという仮説を支持するようなデータが出ているよう。現代医学で「診断」できるのは、患者のうち、6~7割程度でしかない。つまり、病院で、症状の原因を「科学的」に判断できるものがその程度しかないということなのだけれど、漢方では、9割以上が、何がしかの「診断」ができる。その「診断」が科学的に意味があるものなのかは別にして、自分の症状に対する、何がしかの「解釈モデル」が提示されることが、症状改善を促進するとのこと。たとえ、それが、非科学的な陰陽五行説であったとしても、である。うーむ。
  • プラシーボ効果ってのはそれ自体の大きさを測定するのは困難だし、通常、科学的な研究ではコントロール群での治癒例を説明するためだけにしか使われない概念だけれど、時々プラシーボ効果自体の大きさを測ろうとする研究がある。で、そういう研究では昔からある程度わかっていることではあるけれど、プラシーボ効果ってのは、「本人がその薬を信じているかどうか」は、あまり関係がないらしい。 その一方で、「キツツキのくちばしを触ると虫歯が治る」という治療法がアボリジニの社会では有効であるように、特定の未開社会でのみプラシーボ効果を発揮する治療法があることも知られている。 ということは、人間は「みんなが信じているような治療法」を受けた場合、それだけで症状が改善してしまうということなのだろう。人間は、社会的動物なのだ。
  • 症状ドリブンなやりかたは、症状を見た瞬間に治療を始めてしまうから、治療効果を測定するアウトカムとして、症状がなくなるかどうか、しか見ることが出来ない。結果として、患者満足度が高くなるかもしれない。
  • おそらく、症状については、医師よりもその病気の患者のほうがよく知っている。したがって症状ドリブン医学は、研究インフラとして患者が症状について語ったデータベースのようなものを使ったほうが効率がいいのだとおもう。たとえば闘病記ブログサイトとか患者SNSのようなものからデータマイニングするのが、未来の医学研究かもしれない。

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今後の医学と経済について

一人ブレスト一回目

医学と医療の行き詰まり

  • 高コストの原因は高齢化ではなくて、技術革新、ほぼ改善不能(クルーグマン)
  • 高コストは誤った競争によるもので改善可能(ポーター)

たぶん、ポーターのいう「誤った競争」ってのは正しい。

ただ、彼のいう「誤った競争を改善することによる、医療の経済効率向上」というのは、効果は限定的と思う。少なくとも、日本では、医療の効率を改善することで医療費の大幅な抑制ができるとか、消費税増税が避けられるとかってことはありえないと思う。

結局、新しい医療技術が生まれ、新しいサービスが提供されると、その需要が掘り起こされ、マーケットが拡大する。このマーケットの拡大が、結局のところ、医療費と医療にかかる人員が増え続けている最大の原因。

オルタナティブメディシンを推奨することで、医療費を抑制しようとしている一部のヨーロッパの政府は、結局のところ、それを狙っている。

たぶん、低成長経済のもとで医療にかかる人材が増え続けることは、経済全体の変質をもたらす。

未来の経済。

SF作品で、「ホーリーファイアー」ってのがあった。ブルース・スターリングの作品。

たぶん、あれは、十分に実現可能な社会。

遠い未来、事実上、「寿命」という概念がなくなった時代。むろん、それは、その世界のすばらしい医療技術のおかげ。その時代の人々は、寿命を延ばすための肉体のメンテナンスのために努力を怠らない。

もちろん、そういう技術があるからといって、だれもが、そういう技術の恩恵を受けられるわけではない。

カネがかかるのだろうって?

ちがう。

その時代だって、病院では、良質の労働力が不足しているのだ。

したがって、一番簡単に、最新の医療技術の恩恵に預かるためには、病院で介護や看護のボランティアをすること。

病院は、ボランティアに参加したスタッフに、優先的に医療の恩恵を受けられるクーポンを発行する。

このクーポンこそが、この時代の人々が一番ほしがる資産。

つまり、この時代の優良病院は、事実上の造幣局の機能を持っているのだ。

病院の介護ボランティアは、この時代の花形。

少し前の社会での超エリートのビジネスマンとか銀行員とか、そういう扱い。

みんな、それを模倣する。

警察官の制服も、ピンク色。

犯人を「捕まえる」なんてことはしない。

クッキーを焼いていって、

「まあ、そんなとんがっていないで、クッキーでも食べながら、おばあちゃんの話をお聞き。。」

そういって、100歳の少年を「補導」するわけだ。

そういう時代。

話がそれた。

次回は、未来の医療がどうあるべきかって話。

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